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今時の社交場って

銭(小銭)で入れる湯、それが銭湯です。江戸時代にその原型ができました。広島市内にも、中心部(中区、南区)を中心にまだ結構残ってます。銭湯も、ドラマ「時間ですよ」に出てくるような番台がある昔ながらのスタイルと、打たせ湯や薬湯といった付加価値をプラスした「スーパー銭湯」と色分けできます。前者は主に旧市街地、後者は郊外を中心に立地してます。

 銭湯といえば、かつては町の社交場という意味合いをもってましたが、私が独身だった頃、通っていた銭湯はもう、社交場という色合いはかなりうすれていたように思います。

 そうです、全盛期の頃の銭湯を知らないのです。銭湯に限らず今時の社交場って?公園に行っても人気はないし、井戸端はないし、昔はよく見かけたスーパーでの主婦の雑談etc 

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高い煙突が目印です。

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こんなところに旧家

幹線道路沿いの駐車場を奥まで進むとこの旧家はある。2階建て風に見えますが平屋です。なんともいえぬ重厚感、出窓のデザインが歴史を感じさせます。

 2層目がどうなっているのかとても気になります。

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被爆建物

旧日本麻紡績㈱ 給水塔です。西区己斐の園芸店の敷地内にひっそりとそびえてます。とはいっても被爆当時は目立つ存在であったと考えられます。

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広島でも希少価値となっているレンガ造りとなってます。

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つたが絡まってますが、かなり重厚な面構えです。

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きっと大きな紡績工場だったのでしょうか、未だに踏み切りに名前が残されています。

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なつかしの酒屋さん

歴史を感じさせる町並みが残る草津地区にて

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 レトロな趣の看板です。

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平和への祈りを井口より発信

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キャンバスにあふれんばかりの四つ葉のクローバー、平和への願いを広島市井口より世界へ!!

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坂のある風景

 海岸までせまってきている山並みが猪の口のように見えたので「いのししのくち」略して「いのくち」が現在の井口地区です。

 かつての海は埋め立てられましたが、昔はきっと風光明媚だったのでしょう。山手の傾斜をうまく活用して、歴史を感じさせる民家が点在してます。

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坂を上りきると広島市立井口小学校(明治6年創立)にたどりつきます。

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二宮金次郎

 昔は小学校等で当たり前のようにあった二宮尊徳翁(幼名金次郎)。みなさんの学校ではまだありますか。最近見かけなくなりましたし、子供さんもご存知ないのではないかと思います。

 薪を担ぎながら本を読む姿、勤勉、孝行を絵にしたような感じです。

 「経済無き道徳は寝言、道徳無き経済は犯罪」 昨今の企業の度重なる不祥事を言い当てているような思いがするのは私だけではないでしょう。

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 広島市立宇品小学校にて。私もこうありたいと思います。

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本は持ってませんがまぎれもなく金次郎さんです

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花の饗宴

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藤の花 花言葉は陶酔

女性の美しい立ち振る舞いにたとえられる 芍薬(しゃくやく) 花言葉は優美

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 シャガ 花言葉は 内気な恋

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 10日で成長するといわれる筍。上旬、中旬、下旬の旬はたけのこのことです。私たちの生活の中にすっかり溶け込んでますね。

 私たちが食する筍の多くは水煮のものです。中国産のも多くなってます。筍は採ってから時間がたつとあくがでて味が落ちますので、なかなか新鮮なものは手に入らないです。

この筍は何日目でしょうか? そんなに時間はたってないと思いますよ

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被爆建物

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 電車通りにありますが、まわりの風景に溶け込んでいるせいか被爆建物とは知らずに見過ごしてしまいそうです。少なくても被爆当時はハイカラな建造物であったことが想像できます。

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旧中国配電南部変電所です。現在は空き家となってます。今後の保存方法が大きな課題ですね。

 面白いネーミングに思わずパシャり

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郵便の父

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広島市南区宇品(うじな)東の中国郵便研修所内にあります、前島密(まえしまひそか)さんの銅像です。

前島さんといえば郵便制度の創設者として、1円切手の人として歴史の教科書にも登場する方です。

 今回彼の足跡を調べてみると、今風にいうとマルチな才能を多方面に発揮された方というのが印象に残りました。

 早稲田大学の学長、運送、鉄道、通信等、政治家であると同時に実業家でもありました。

今日は母の日なので母 のつく郵便局しらべてみました。

 室蘭母恋(ぼこい)郵便局(北海道室蘭市)

 母里(もり)郵便局(兵庫県加古郡稲美町)

 徳之島尾母(おも)簡易郵便局(鹿児島県徳之島町)

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ユーカリにおう青い空

 ユーカリといえばフトモモ科の植物でコアラの好物です。

広島市南区東宇品(うじな)にございます市立宇品東小学校(昭和30年創立)の校庭にユーカリはあります。

 ユーカリにおう青い空、校歌にも歌われています。アロマテラピーにも利用されるユーカリの葉からとれる精油。匂いはかいだことがありませんがさわやかな香りとのことです。

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柳井名物 三角餅

 やまぐちフラワーランドの売店では、園芸以外に、山口のお土産が購入できます。

その中の一つが三角(みかど)餅です。

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 製造は柳井市の藤坂屋さんです。創業は文化2年(1805年)。江戸時代のいわゆる文化文政時代です。

明治の文豪国木田独歩さんの小説「置土産」の中に登場いたします。

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やまぐちフラワーランド 最終章

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美しい花を目にすると何も言えなくなってしまいます。3回にわたって紹介させていただきました。でもこれはほんの一部です。季節が変われば彩りも変化します。続きはぜひ現地で体験してください。

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やまぐちフラワーランド 第2章

 昨日に引き続き、やまぐちフラワーランドです。

 トーマス君です。

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 ハート型の花壇です。恋が芽生えるかも

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やまぐちフラワーランド

 山口県柳井市にあります、やまぐちフラワーランドです。

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公園一帯が花におおわれております。

 Dscn1067 色違いのペチュニア 花言葉 おだやか

 ラベンダーです。富良野に行った気分です。花言葉 許しあう愛

この花だけハチが群がってます。

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車にポピー♪ 花言葉、慰め いたわり 思いやり

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クリーピングタイム ハーブの一種です。花言葉は潔癖性

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防空壕

両城の200階段の近くで偶然見つけました。実は防空壕を目にするのははじめてです。

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 空襲に使われた焼夷弾というのは、建物を破壊すると同時に焼き尽くす怖さがありました。ですんで火事や、その煙で亡くなられる方が多かったようです。

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海上自衛隊呉教育隊です。呉市はこれからも軍事と平和が共存する都市としてその歩みを重ねていくのでしょう。

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海猿の足跡

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 呉の海上保安庁の全面協力のもと、映画化された「海猿」です。ドラマ化もされ続編の映画もできましたので、内容は割愛します。

 海猿のロケ地を2箇所御紹介いたします。

まずは、私が一番行きたかったところというか、唯一知っているロケ地です。呉駅より車で数分で到着しました。いつもは国道31号線を走っているので、気がつかなかったのですが、1本筋をはいるとそこは、昭和30-40年代頃からあると思われる商店街が続いてました。GW期間だったのでほとんどのお店がシャッターを降ろされてました。とはいえ寂れている感じはぬぐえませんでした。

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 両城の200階段の案内版です。なぜこんな急斜面に住宅が建っているのか、疑問に答えてくれてます。

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 この案内版の近くからの見るとこんな感じです。

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 登ってみました。想像以上に急です。階段が平じゃないので歩きずらいです。

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 池の浦バス停です。なぜここなのかわからないくらいひっそりとしてます。

 映画では雨のシーンで使われてます。

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てつのくじらのふるさと 呉にきんさい

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大和のふるさと 呉にきんさい!!

 呉市の玄関、JR呉駅です。(1903年開業)

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 呉駅南側の貨物ヤード跡地は、新たな呉の観光スポットに変わり、呉駅から連絡通路で結ばれてます。

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 今年4月5日にオープンしたばかりのてつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)。中は無料で観覧できます。(整理券要)

大和ミュージアムからの眺めです.

潜水艦「あきしお」です。

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 下から見ると先端部は飛行機のようです。

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大和のふるさと 呉にきんさい!!

 大和のふるさと 呉にきんさい!! 

 広島県呉市は人口約25万人の造船、鉄鋼等重工業がさかんな港町です。

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呉市の新しい顔、呉市海事歴史科学館(17年4月開館)です。

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 大和での戦闘配食を再現したものです。五月荘はメイとよばれ当時海軍御用達として現在に至ってます。中身は竹の皮に握りめしと少しのおかずでした

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大和ミュージアムの館内には1/10の戦艦大和の模型が展示されてます。1/10のスケールとはいえ20m近くあります。

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出家とその弟子、ここに誕生する

 広島県庄原市出身の作家、倉田百三さんが、代表作「出家とその弟子」を書き上げたのが丹那村、現在の広島市南区丹那町です。

 当時は静かな漁村だった当地も、面影は大分薄れてきた印象にあります。

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新幹線建設予定地 だった

ブログを書くにあたって、ネットで色々調べごとをするのですが、中には思わぬネタに遭遇することがよくあります。それが行動範囲内であれば、自分の目で確かめたくなります。

 今回の記事もその一つです。昨日、犬にほえられた洞雲寺の近くに新幹線の建設予定地の目印が残っているとのこと。新幹線といっても山陽新幹線ではなく、戦前に計画された「弾丸鉄道」です。当時の日本は中国大陸に侵攻してました。軍事輸送を強化する目的で、東京から下関まで新幹線を作り、あろうことか韓国まで海底トンネル」を掘って中国まで鉄路を建設しようと考えました。

 計画では現在の西広島駅あたりに新広島駅を建設し、このあたりを通る予定でした。しかし戦況の悪化で計画は中止されました。

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 弾丸鉄道について調べてみると、東海道新幹線はこの時に計画された場所に建設されてます。土地買収の手間が大分省けたとのことです。

 工事が難航した静岡県の新丹那トンネルも途中までできてました。そのせいでしょうか、函南(かんなみ)町には今でも新幹線という地名が残っているそうです。

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 丹那トンネルの最寄駅です。私が訪ねたときは静かな山間の駅でしたが、今では宅地化が進み、新幹線利用で首都圏への通勤客も目立つそうです。

 話はそれましたが山陽新幹線は結局ここは通らず、もっと北よりのトンネルの中です。山陽新幹線は土地買収が難航して、掘削技術も進歩したこともあいまって、同線はトンネルが東海道に比べて多くなってます。

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