« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

リバーウォーク-3

工兵橋から牛田大橋までの遊歩道です。広島の中心街近くとは思えない静けさと自然です。

 Dscn1392

Dscn1404

工兵橋の袂にあった大木、戦争も体験したのでしょうか。

Dscn1405

戦前、広島は軍都と呼ばれ、多数の軍関係の施設がありました。工兵第五連隊もその一つでした。

 Dscn1393

川をきれいにしましょう。他県からいらした方々にも見ていただけるように。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

街角の釣橋

広島市内中心部に架かるこの釣橋は戦火を免れ静かに佇みます。

Dscn1397

陸軍工兵(建築、土木作業を任務とした兵)第五連隊のあったことから名づけられました。

Dscn1395

市街地には珍しいつり橋です。

Dscn1398_2

戦後改修はありましたが、木の板が当時を物語ってます。

Dscn1401

橋の上から広島駅方面を望みます

Dscn1402

 ここでつり橋を支えています。

Dscn1403

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

うり三つ

 うりを二つに切り分けた様を、うり二つと言います。(よく似ているという意)。それほど昔から日本人に馴染み深い野菜が瓜です。今日は瓜3つです。

へちま うり科 たわしや小学校の理科の教材でおなじみです。もとは糸瓜(いとうり)とよばれ後にとうりとなり、いろは歌で、と がへとはの間にあることから へちまと呼ばれ現在は糸瓜でへちまと表記されます。茎の切り口とる液は糸瓜水で、化粧水に使われてます。

Dscn1297

つるれいし うり科 ゴーヤ、にがうりと呼ばれる。夏バテ防止や、ダイエット食として認知度はあがってきていますが、独特の苦味は好き嫌いがあるようです。

きゅうりも日本に伝来したころは、苦くてとても食べられたものではなかったそうです。あの水戸黄門さんも「毒多くして能(のう)少し、植えるべからず、食べるべからず」と今では考えられような嫌われようです。それはその後品種改良が進んだからです。

 その意味でゴーヤは昔ながらのきゅうりの歴史を物語るものです。

Dscn1289

ひょうたん うり科 ユニークな形が印象的なひょうたんですが、昔から食用よりも入れ物といった日用品として広く利用されてきました。縁起物(末広がりの形)として、厄除け(玄関に置くと厄を吸い込んで外に出さない)として我々の生活に深く密着てしきました。

 花言葉は繁栄、利得、夢 、円満です。

豊臣秀吉さんの 千成瓢箪は有名で、秀吉さんが城主を勤めた長浜城(現在の滋賀県長浜市)の市章です。

 Dscn1302

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

地域コミュニティー

Dscn1031

他人の子供も、叱ろう!

 Dscn1029

 地図にはありませんが、手作りの標識です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

青は藍より出でて藍より青し

藍染のもとになるのが藍です。昔はこういった植物を原料として染物を作ってきました。

Dscn1335_2

青は藍より出でて藍より青し

 この葉をみて誰があの藍色を想像したのでしょうか。もともとは中国の書物 旬子

から出典です。弟子が師匠を超えてしまった様を表したことわざです。

  教うるは学ぶの半ば。

人に物事を教えるというのはとても難しいことです。人に教えることによって実は自分も学んでいるのです。

 自分の才能を伸ばしてくれる師匠に出会うことは難しいことかと思います。だからそういう出会いの出来た人はかなり幸運かと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

井口明神

Dsc00522

井口明神という地名の由来を調べてみました

Dsc00520

埋立地の公園の中にひっそりと佇むのが、井口明神(いのくちみょうじん)こと小己斐島(ここいしま)です。かつては瀬戸内海に浮かぶ小島でした。

文化財としても価値あるものとして保存されています。祭神は厳島姫といわれてます。

Dsc00521

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

天まで届け だだ今5.5m

天までとどけ。ただいま5.5m。

Dscn1303

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

夏祭り

Dscn1355

塩屋という地名は、瀬戸内地方に多く見られます。その多くはかつての塩田跡です。

Dscn1356

 今日から夏休みスタート

Dscn1354

Dscn1351

Dscn1352

想い出の味。露店も時代とともに変化しつつあります。最近少なくなったのが、綿菓子、やきそば、たこやきetc

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

街角花壇-2

花の名前に人名がこれだけたくさんあるのはバラのほかには無いと思います。

Dscn1253

バラの大きな特徴であるとげ(茨 いばら)は茨城県の名前の由来となってますし、県花でもあります。もちろん多くの自治体で採用されてます。

Dscn1254

6月の誕生花で、花言葉は深い愛情

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

リバーウォーク-2

リバーサイドの遊歩道を歩いていると、、

 Dscn1280

椅子には蛍とてんとう虫のモチーフが

Dscn1282

対岸にはかつての船宿?

 Dscn1281

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

リバーウォーク-1

広島の河川敷を歩いてみよう!それが広島リバーウォークです。遊歩道が整備されている地区もありますが、これから何回かにわけてコース以外のところも訪れて行ければと思います。

Dscn1243

天満川は太田川の支流本川が横川で分岐された川です。

Dscn1275_1

Dscn1274

Dscn1273

四季を通じて楽しめます。

Dscn1283

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

街角のMAX

オフィスにかかせないもの1つに ホッチキス があります。今私たちが日常使用してますホッチキスは日本で開発されたものです。その後日本固有のスタイルで独自の進化を遂げていきます。

 ホッチキスの歴史は諸説ありますが、1860年ごろにアメリカで、機関銃のメーカーであったホッチキス社の製品が明治時代に日本に入り、もともとステープラーと呼ばれていた物がなぜか社名のホッチキスのほうが日本では商品名として広まりました。

確かにスプリングの力で針を1つ1つ送っていく姿はどこか銃に近いものがありますね。

 Dscn1284

MAX社さんのホッチキスの日本でのシェアは75パーセント。私も日々愛用してます。

閑話休題

このMAX社さんの広島の出先のあたりは住宅地と畑が広がります。特に観音ねぎは地域の特産品です。

 Dscn1285

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

台風一家

毎年やってくる台風。今は気象観測も発達して、台風の進路などの情報もリアルタイムに得ることが可能になりました。

 台風の中で最も被害が甚大なのは水害です。かつての水害を教訓として

 水災橋 と名づけられました。

Dscn1040

 Dscn1038

 正しくは 台風一過 です。でも子供のときは一家だと思ってました。

Dsc00515

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

無題

Dsc00513

 大阪城の前にそびえるこの洋館。主を失い静かに佇みます。

昭和のはじめに軍の施設として完成。戦後はGHQの接収を、警察署、大阪市立美術館と歴史のページをめくり続けてます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

古きよきおおさか

Dsc00510

明治時代後期にこの地に ルナパーク(月の園)がありました。

わずか10数年の歴史でしたが、映画館や芝居小屋等が立ち並び、今でいうテーマパークのようなにぎわいであったことが想像されます。

 Dsc00507

 当時の面影を失いつつある新世界ですが、古き良き大阪はどっこい息づいています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

郵便の木

 葉に字が書けるタラヨウ。はがきの木といわれ、切手を貼れば郵便物として使用できます。

 Dsc00504

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

にっぽんばし

道頓堀は、江戸時代初期に今で言う道路にあたる人工の堀(水路)です。当時重い荷物を運ぶのはトラックではなくもっぱら船でした。

 名前の由来は工事に携わった成安道頓さんに由来してます。現在はその役目を終えて大阪の景観となっています。

 道頓堀にかかる14ある橋のひとつが日本橋(にっぽんばし)です。

Dsc00505

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

大阪市中央区大阪城

大阪市中央区大阪城。大阪城天守閣、大阪城ホール等がある大阪城公園内の住所表記です。

 Dsc00512

豊臣秀吉さんの時世の句

 露と落ち露と消えにし我が身かな浪速のことは夢のまた夢

 一説によるとこの句は辞世の句ではなく、秀吉さんが亡くなる前に待女にもしもの時のために伝えていたものとされています。

 Dsc00511

現在の天守閣は3代目です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

王将

 大正から昭和にかけて活躍された、坂田(阪田)三吉さんの王将の碑です。

Dsc00509

天気が思わしくなく、モノクロ調になった通天閣です。

 Dsc00508

通天閣さんの入場時(大人600円)にもらえるパンフレットにはペーパークラフトがついてます。貯金箱にもなります。さすが大阪、サービス精神旺盛です。

Dscn1270

12時の時報はもちろん ♪ この木何の木 木になる木 ♪ でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

大正浪漫

Dsc00502  

大正時代というのは今からおよそ90年ほど前になります。15年という短い期間、残っている建造物も少ないので、とても貴重です。大阪の堺筋にて発見しました。

 どちらもかつては銀行だった建物です。

Dsc00501

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

街道の休憩場

かつてここは西国街道で、江戸時代文政年間創業の餅屋さんがあった。記念碑によると最初は片手間に商売していましたが、明治になって宮内庁御用達となるまで発展しました。残念ながら、10数年前に店じまいされたようです。

 Dsc00490

Dsc00491

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

遠見遮断

 かつての街道は戦乱とかのために道をわざといりくましたり、ジグザクにしたりしてます。

Dsc00495

これは遠見遮断といって、道をいりくませることで遠くを見渡せなくする工夫です。

 Dsc00494

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

世代を超えて

駄菓子屋さん、街角から消えて久しいです。一時期ショッピングセンターなどで駄菓子やさんもどきがそこかしこにありましたが、いつのまにか数店だけになりました。理由は色々あると思いますが、単に駄菓子を販売しているだけだったからかもしれません。

 それでもスーパーとかのお菓子売り場の一角には駄菓子のコーナーがあります。覗いてみると、ありますね、なつかしいお菓子がたくさん。

 この丸川製菓(名古屋市)さんのオレンジマーブルフーセンガムもその一つです。公式HPによりますとS34年の販売ですから、2世代にわたって愛されていることになります。私の子供の頃はいくらだったが思い出せませんが、現在は¥20です。

 Dscn1268

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

アンネフランク

オレンジ色からサーモンピンクにはなの色を変化させるバラが スーベニア デ アンネフランク です。

写真奥がオレンジ、手前がサーモンピンクです。

 Dscn1256_1

 アンネフランク さんの オランダでのナチスの迫害を回避するための潜伏生活をつづった アンネの日記 は60年以上の時間を越えて今もなお私たちに平和を訴え続けてます。

 このバラはアンネさんの家に咲いていたバラの改良種で、日本には約30年ほど前にやってきました。

 Dscn1255

1945年、終戦の年にフランスで平和の祈りをこめてできた品種です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »