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想い出の鉄路

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子供たちが無邪気に遊んでいるこの広場は、広島市立宇品東小学校内にある旧国鉄宇品線の宇品駅のモニュメントです。広島南道路の建設にともない駅が解体されその一部が同校に寄贈されました。

現在はひっそりとモニュメントが残るだけです。フェンスに囲まれて、変わりゆく宇品地区の最開発の波に呑まれて、この碑の存続も危ぶまれます。

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宇品線の歴史です。当時は日本一の長さのホームでした。16両編成の新幹線も余裕でおさまる長さです。

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宇品線の沿線はここ宇品地区をはじめイコール再開発のさかんな地域です。宇品線の痕跡が年々少なくなってます。終点宇品駅にはたくさんの人や物資が運ばれていました。戦受け、ここに本校創立50周年記念事業の一環として移され復元されました。

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自販機から森を

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森を育てるとあって、自販機の商品のほとんどがPETボトルです。

PETボトルの原料は、ポリ エチレン テレフタレートと呼ばれる樹脂です。
英語でOLY ETHYLENE TEREPHTHALATEと書くため、その頭文字をとってPETと呼ばれてます。

売上げ金の-部は緑の募金として,社団法人 広島県みどり推進機構に寄付されます。

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岩国城下町てくてく-3

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塩町、魚町。食べ物の名前が続きました。ここはかつて町人が住んでいたのでしょうか。現在の住所表記は岩国市岩国ですが、街角にこんなレトロな看板があれば、歴史的な地名もなんとか存続できると思います。

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登富町、かつての表記は豆腐町。狭い路地に郷愁を感じます。

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かつてはこのような文房具店を見かけましたが、昨今はほんとに少なくなりました。学校の近所には必ず言っていいほどありましたが。スーパーやホームセンター等に行くと充分に事足ります。コンビニでも必要最小限は揃いますし。裾野が広がりすぎた感があります。勉強堂という看板がいいですね。子供さんの社交場として今後も存続してほしいと願うばかりです。

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岩国城下町てくてく-2

ここはかつて銭湯だったそうです。古い町並が残るこの地域ですが、銭湯には出くわしませんでした。

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かつての城下町の面影を色濃く残してます。今では当たり前のたばこ24時間販売の看板が何故か新鮮に見えます。

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街角のそこかしこに見受けられる、旧町名の看板です。現在の行政上の表記は「岩国市岩国1丁目」ですが、かつては細かく町名が区画されていました。

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右から読みます。西洋風の建物も印象的ですが、看板の表記が昔のままというのもいいですね。

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岩国城下町てくてく-1

山口県岩国市の錦帯橋のたもとにはかつての城下町の面影を色濃く残す町並みがあります。

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郷土の小説家 宇野千代さんの碑がありました。

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おしゃれは生きて行くうえでの生きがいである 手をかけ心をかけることです。

 なつかしい看板もありました。

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ごきぶりホイホイの発売は1973年です。黄色のバックは発売当初のものとのことなので30年近く前の看板だと思われます。現在、ごきぶりホイホイはごきぶり捕獲器市場の80%のシェアを占めてます。関連記事は2月3日にもございます。よろしければご覧ください。

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牛野谷堰

     堰(せき)
河川の流れの水量や水位を調節、制御するため河道を横断して設けられる高さ15m未満の構造物。用途別として分流堰、取水堰、防潮堰、河口堰、構造上の分類として可動堰、固定堰がある。

岩国市の錦川が門前川と今津川に分岐するところにあるのが「牛野谷堰(うしのやせき)です。

岩国城下町を散策後、帰り道に立ち寄りました。西側(牛野谷町)側にも駐車場があったのですが、そのことを知らずに愛川橋を回って対岸の楠町側の駐車場に車を止めました。

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人が渡れる河口堰は初体験です。

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 「おとうさん!おさかないるかな?」。はい、たくさん居ましたよ、私、名前は分からないけど。ここが流入口になってました、滝のように水が流れてました。

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湿地帯には水鳥が羽を休めてました。浅瀬では水遊びも出来ます。ここから門前川となり瀬戸内海にそそぎます。前方に見える橋は、建設中の岩国南バイパスの橋梁です。

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北側は今津川となり同じく瀬戸内海に注ぎます。かつては城下へ物資を運ぶ船で賑わったそうです。

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増水しますと、もちろん通行止めになります。

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先ほどの親子が帰宅の途についてます。

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石内川リバーウォーク 2 コスモスの小径

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誰が名づけた、秋桜(コスモス)。残暑厳しくても、花々は秋の到来を告げます。山手の丘陵地(石内南地区)は宅地化が進んでいます。石内の新しい顔です。

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コスモスというのはギリシャ語で「飾り、美」という意味です。キク科の植物で原産はメキシコです。

 花言葉は「美麗」。美という形容しか思いあたらないそんな秋を代表する花です。

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舞妓haaaan!!!

クドカンこと工藤官九郎さんとの出会いは連ドラ「木更津キャッツアイ」です。このブログは4月から始まったようになってますが、実際は昨年の1月からスタートしてます旧名「すっとりエキスプレス」。アクセスがゼロだったので知る人もいませんが、その当時連ドラにはまってまして、レンタルビデオの感想とかを書いてました。その過程で手本にすべきブログがございまして、そこの管理人さんの一押しの作品がこれでした。私には高尚すぎる作品でしたが今まで見たことのないテンポのよさは印象に残りました。その後、「マンハッタンラブストーリー」に出会いました。低視聴率だったとは思えないほどの作品でした。

マンハッタンラブスト...

 もう一つのお気に入りが「タイガー&ドラゴン」。古典落語のネタを現代風にアレンジした物です。個性派出演者さんの落語が見ものです。秋の夜長にいいでしょう。

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そして、今年封切りの映画「舞妓haaaan!!!」 広島の舞妓はんは市内を快走します。(旧京都市電)

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こころのつく漢字を集めて

心のつく漢字が色々。愛する心、恋心、恐い心、悪い心、思う、急ぐ、憂い、慰め、惹かれ、感じ、想い、怒り、恵まれ、悲しみ、感じる、優しい、

世の中には心があふれてます。下の写真をクリックしていただくと、絵の四隅に心が描かれてます。

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幻の焼き物

かつてこの山の麓で焼き物が作られてました。

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それが江波焼です。江戸時代に広島藩の公認で発展しましたが、明治以降は他地域の焼き物に押され衰退し現在は生産されていない幻の焼き物です。

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皿山という地名は、江波焼に由来してます。かつてこの山に二本の大きな松の木があったことから、麓の地域は二本松と呼ばれ現在に至ってます(現在の江波二本松)。

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明治時代に建てられたと思われる測点です。ここが皿山の頂上です。現在は公園として整備されてます。

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向かいの江波山とともに、江戸時代までは江波島でした、干拓により陸続きになりました。

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石内に映画がやってきた

石内地区の田んぼのあぜ道を歩いていると今時珍しい木の橋が目に入ってきました。

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ここ石内ご出身の映画監督 新藤兼人(しんどうかねと) さんの映画「石内尋常高等小学校 花は散れども」のロケがこの橋で先日行われました。

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もともとはコンクリートの橋だったのですが、撮影用に木板を上からかぶせて大正時代の橋を造りました。映画ではよくみられる手法ですが、撮影用のセットとはとても見えないのが印象ですね。

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映画のストーリーは新藤監督の小学校時代の実体験をもとに恩師と生徒の機微が描かれます。先生役には柄本明さん、主人公には地元石内小学校の生徒さんが選ばれています。同校の生徒さん、近隣の山田小学校の生徒さんもエキストラで出演されます。

 他に大竹しのぶさん、豊川悦司さんが出演されます。

 先日、山口県周南市の廃校でクランクインされました。石内では約2ヶ月ロケーションが行われ、他にも三原市、岩国市、浜田市等でのロケも予定されています。

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来年の秋に封切りなので、この橋周辺には特に案内板もなくひっそりとしてますが、来年の今頃には多くの方で賑わっているかもしれません。

 広島県庄原市を舞台にした「いとしのヒナゴン」同様にヒットすることを願わずにはいられません。

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石内川リバーウォーク

八幡川の支流、石内川周辺は東側は石内バイパスがあり車の往来は激しいですが、西側はマンション等の宅地開発が進んでおらず昔ながらの田園風景がひろがる、広島市内近郊では貴重な景観となっています。

 残暑厳しいですが、秋へと一歩。一歩近づいているようです。

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彼岸花です。

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にわか雨模様だったので、花が朝露にぬれたようになってます。

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実りの秋でしょう。

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旧楠那小学校、それから幸せの椅子

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かつては、どこの小学校でも見かけた二宮尊徳さんの像ですが、最近ではほとんど見かけなくなりました。私もブログをはじめてこれで3体目です。

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奉安殿(ほうあんでん)といいます。、戦前戦中にかけて各地の学校で、天皇皇后さんの写真(御真影)と教育勅語を納めていた建物です。ここのは建物というより小さな石造りの蔵のようですが、その形態は社(やしろ)風のものなど多種多様だったそうです。しかし戦後そのほとんどが取り壊され、現存しているのは全国でもわずかです。ここのは昭和29年建之とありますので、戦後に復元されたものと考えられます。

現在この地には、小学校はなく公民館とスポーツセンターとなってます。戦前の学校を物語る貴重な文化財です。

 閑話休題

 石内バイパス沿いにあるバス停で発見!隣接する石材店さんがこしらえたものだと思うのですが、かわいいお地蔵さんが椅子に立っておられます。

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でも、バスの本数が少ないです。

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この路線図でいえば黄色の分です。緑の路線が集落を走る旧道です。こちらはもっと便数が多いです。

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どうぞ、お乗りください

パラグアイオニバスです。大きな物になると子供も乗れるそうです。

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平和運動は言うことではない行うことだ

先日、地元紙で「シュモー会館」の存在を知りました。

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戦争で一番深刻に傷ついたのは国家でもない都市でもないただ個人である。平和活動は言うことではない、行うことである。

この言葉の理念は、私たちのまわりの色んなことにあてはまると思います。このあたりは道路建設が計画されており、シュモー会館も移転保存がすでに決定しているとのことです。広島市の財政も楽観はゆるされませんが、こういった戦争の文化財はどんな形でも有効に保存されることを願わずにはいられません。

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舟の入る町

かつては港があり、舟の行き来があったことから「舟入(ふないり)」とよばれます。かつて港町だった痕跡は全くといいほどありませんが、舟入神社は静かに佇みます。  Dscn1713

この社は原爆の爆風にも耐え忍び、今も無言の平和を訴えてます。

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祭神は天照大神他5祭神です。

公園の中にひっそり佇みます。

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舟入神社に隣接するのが、広島県立広島商業高校です。広島で最も歴史ある商業高校として、甲子園で数々の歴史を残し広島カープの達川選手等を輩出しました。

 縦長の窓が印象的な校舎は近年老朽化により建て替えられました。

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木下利玄

明治、大正に活躍した歌人、木下利玄(きのしたりげん)さんは岡山市足守(あしもり)に生まれました。兄は足守藩最後の藩主です。足守藩主、木下家は豊臣秀吉さんの縁故にあたります。

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現在残されているのは大正時代に建てられた土蔵等です。

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木下利玄さんは学習院時代、学年で1.2位を争う成績だった。文豪志賀直哉さんは当時、文章の校正を依頼していたいう逸話も残ってます。

隣接します近水園です。

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パラダイスの塔

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1989年に開催された「海と島の博覧会」のシンボルタワーです。閉幕後ここ宇品波止場公園で保存されています。

訪れる人もまばらで、広島市民ですら忘れられつつある存在です。無用の長物にならないことを強く願うばかりです。

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街角の彫刻

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草木が邪魔をして題名を確認できませんでした。「木漏れ日の沐浴(仮題)」

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街道の酒蔵

岡山県総社(そうじゃ)市の国分寺の近くのかつての街道沿いにあるのが三宅酒造さんです。

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街角の彫刻

広島県出身の彫刻家 空充秋(そら みつあき)さんの作品、生命 です。薬剤師会館の前に立ってます。

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陸軍桟橋

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かつてここに石組みの桟橋、六管桟橋(陸軍桟橋)がありました。

宇品(うじな)港(広島港)は明治22年の開港後、日清、日露戦争以降から軍港の様相を呈してきました。

戦時中は多くの兵士の方がこの港を後にして、その多くが再びこの地を踏めなかった悲しい歴史があります。

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当時の岸壁がわずかながら残ってます。

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水墨画の原点

雪舟さんは岡山県総社市に武士の子として生まれました。幼くして同市内の宝福寺に預けられ、同地にねずみの絵を描いた逸話が残ってます。10歳頃に京都へわたり各地を転々として水墨画の大家として知られるようになりました。

現在、公園整備中です。

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とてもこじんまりと佇みますので、見落としてしまいそうでした。道路わきに小さな看板がありました。岡山自動車道総社ICから備中国分寺に向かう途中にあります。

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名水百選 千種川

名水百選は昭和63年に環境庁(現在は環境省)が水資源の保護啓蒙を目的に全国の河川、井戸、湧水等を歴史や水質等基準に選定されました。

 千種川は兵庫県の西部の山間、岡山県と鳥取県に接する宍粟市から佐用町、上郡町、赤穂市をへて瀬戸内海にそそぐ2級河川です。古くから清流として知られて、鮎釣りがさかんです。

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 道の駅 ちくさ では川遊びも楽しめます。

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