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適塾

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書物を片手になにかしら威厳すら感じるこのご老人は、大阪のこの地に適塾という私塾を開いた緒方洪庵さんです。

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適塾(適々斎塾)は1845年に開設され、洪庵さんは幕府の奥医師兼西洋医学所頭取になる1862年まで教鞭をとりました。その後明治維新まで続き、大阪医学校(現 大阪大学)の開校と共にその歴史的使命を終えました。医学はもちろん蘭学を中心に教鞭をとり、塾生は身分を問わず広く門戸を開き、成績ごとにランク分けし、のべ1000人近くが学んだとされます。門下生には福沢諭吉さんや、大村益次郎さん等明治に活躍する人材を多く輩出しました。

 江戸時代の蘭学塾で日本で唯一現存するもので、国の重要文化財に指定されてます。

 洪庵さんの号が適々斎ということが適塾の名前の由来です。

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塾の周辺は公園として整備され、オフィス街のちょっとした憩いの場になってます。

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適塾にある銅像(正面から)

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岡山市足守にある銅像です

教鞭をふるっておられる姿でしょうか。岡山市足守の生誕地にございます銅像と比較してこちらの方が温和な顔をされているように感じます。記録によると洪庵さんは非常に温厚な方で、怒りをあらわにされることはほとんどなかったそうです。当時医者としては名誉職と考えられる幕府からの奥医師(将軍等の診察をする)の申し入れをずっと固辞されてきました。地位や名誉とは無縁の方だったと思われます。

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緒方洪庵さんの功績の一つに種痘の先駆者であることがあります。今では当たり前の予防接種も江戸時代はまだ未知のものでした。天然痘の予防接種がここで行われました。(除痘館)牛からワクチンを取ったので当時は、注射をしたら牛になるという現在では考えられないような噂もたちました。しかしこの地から日本の予防医学はスタートしました

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