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弓の木

後鳥羽上皇さんは鎌倉幕府を討伐せんと、勅令を出すも時代はすでに武家政権まっしぐら、勢いを止めることは出来ず敗れ(承久の乱)、隠岐(島根県)に流されることとなりました。上皇さんがたどったところは各地で史跡となって現在に至ってます。

その一つが旧因幡街道三日月宿(兵庫県佐用郡佐用町)近くにあります。

旧街道の入り口近くの橋に案内版がありました。この橋を渡り、JRの踏み切りを超えてしばらく農道を歩きます。案内板がないので注意してください。奥のT字路を左(東、たつの方面へ歩くと右手に見えてきます。

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 弓の木へ行くにはこの門をくぐらないといけません。カギはかかってないし奥にお墓もあったし、立入禁止の表示もないので侵入しました。注:鍵もどきはかけてください。写真中央のロープにつながっているフォークみたいな金具です。

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後鳥羽上皇さんが、この木に弓をかけて休息されたので「弓の木」とよばれてます。承久の乱が1221年なので後鳥羽上皇が見たのはこの木ではないと思われます。樹齢約600年とあるので。

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中心部は朽ちかけています。

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しかし致命傷には至っていないようです。これが木が長生きする由縁なんでしょうか

後鳥羽上皇はマルチな天皇さんで、和歌に秀でているとともに武芸もたしなむといういわゆる文武両道の方でした。

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後鳥羽上皇は隠岐で永眠されました。

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