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日本のへそ公園駅 途中下車3 135と35の交差点

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東経135度と北緯35度の交差するまち、兵庫県西脇市 日本の中心とされています。

でもこれって私達の日常生活にもたとえられるのではないでしょうか。生活の中心は家庭で、夫婦、子供、そして地域社会が複雑に交差してその中心に自分がいるのではないでしょうか。

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わたしがブログを始めた頃は週末中心の更新でしたが、ある方の影響で出来うる限り日々更新するようにしてきました。しかし最近、週末に取材の時間がとれなくなり、平日も僅かな時間を使っての更新となり、まるで作業の様相を呈してきました。ですんで今後は週末中心の更新をしていきたいと考えております。

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テラドームのユニークな顔、希望に満ち溢れた表情に私には感じられました。

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裏側は木製になってます。広島ブログ

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日本のへそ公園駅 途中下車2 日本の中心で、、

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日本のへそ公園駅より北へ数メートル歩くとこの看板があります。写真奥の陸橋を渡ると

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この記念碑があります。CENTER OF JAPAN 日本の中心にしてはとても静かです。

日本の中心でOOOOOOOOO

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日本のへそ公園駅 途中下車

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日本のへそ公園駅

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大正生まれの変電所 リメンバー

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実はこの広島電鉄廿日市(はつかいち)変電所はこのブログでは2回目の登場です。

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大正生まれのこの変電所も先日、操業を終了しました。

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歴史的建造物ですが、今後の動向は不透明です。

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被爆後3日目に路面電車の運転が再開できたのも、この変電所の存在なくして語ることはできません。でもこの歴史的遺産は何事もなかったかのように静かな住宅街のなかでひっそり佇んでいます。

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寺前駅途中下車-4ラストシーズン

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駅前通りです。

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合併前の大河原町時代のマンホールです。現在は神河(かみかわ)町です。

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寺前駅途中下車-3 乗り換えは不便

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播但線寺前ー和田山間は非電化となっております。播但線を直通するのは特急はまかぜ号のみで、普通列車はここ寺前駅で乗り換えとなります。

 寺前駅に到着したこの列車の乗客のほとんどが、3番線の姫路行きに乗り換えました。駅周辺に、全線電化を願う看板を見かけました。電化のネックになっているのが沿線のトンネルの規格のようです。電化するためにはトンネルも改修しないといけなくなるようです。

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終点の和田山駅以北も電化されていることからも1日も早い完成を願うばかりです。

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福トカ 豊岡の車両区の所属ですね。電車は本ホシ 網干(あぼし)区の所属となります。これからも寺前駅で播但線は分断されていることを感じさせます。

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寺前駅途中下車-2 播但カラー

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ミラーに自分の姿が、、、前には銀の馬車道号が停車中です。

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京阪神地区で活躍していた103系の改造車です。車体は播但線オリジナルカラーです。電化区間は寺前駅までです。

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寺前駅途中下車-1下車銀の馬車道

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JR西日本播但線寺前駅で偶然遭遇しました

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昨年の姫新線のはばたん号に続いて偶然のうれしい出会いでした。

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予備知識がなかったのでネットで調べてみると、今年から運用をはじめ、もう1パターンあるようです。姫路と寺前間を走行してます。

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明治初期に生野鉱山から姫路市の飾磨(しかま)港へ鉱石を運ぶ道路が銀の馬車道(生野鉱山寮馬車道)とよばれてました。播但線もその役を担い、沿線にはその史跡が残ってます。

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笠岡駅途中下車6 カブトガニ

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笠岡駅途中下車5 港

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ホジ9が保存されていたあたりを散策してみました。ここは国道からも望める笠岡駅南側にある歴史的建造物です。これはほんの一部ですので、時間ができれば再訪したいです。

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笠岡駅途中下車4 ホジ9

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かつての井笠鉄道の車両が保存されています。

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窓ガラスは取り外されてますが、保存状態は悪くは無いようです。陸橋は屋根代わりになって野ざらしは避けられているようです。

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車内に自由に入ることもできます。ゴミが散乱していたのはいただけませんが。

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マッチ箱のような車両です。ちょうどバスくらいの大きさでしょうか。

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落書きはほんといただけません。

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笠岡駅途中下車3

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こういった歴史を感じさせる跨線橋は駅の顔かもしれません。

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長いホームに似合う長編成の列車はなくても風格は漂います。

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車窓からも笠岡の歴史的建造物は眺めることはできます。やはり時間があればゆっくり散策できればと思います。

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笠岡駅途中下車2 白石踊り

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笠岡駅前のモニュメントです。

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笠岡市沖に浮かぶ白石島の「白石踊り」です。

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通常盆踊りは1音頭には1つの踊りですが、白石踊りは1音頭に10種あまりの踊りがあり、それが同時進行で踊られるという全国的にも珍しいものです。

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昼間は見づらいですが、夜はライトアップされてきれいな光景なんでしょうね。

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笠岡駅途中下車

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JR西日本山陽本線笠岡駅です。

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笠岡市はかつては小田県、現在は岡山県に編入されています。

JRの線路の南側(写真でいえば下側の区画された地域)の多くが近世に干拓された地域となります。笠岡駅は旧市街地にあり、新市街地は駅の東側(写真右下あたり)になります。

 干拓される前はカブトガニが多く生息してました。

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駅の東側は蔵屋敷等古い町並みが残ってます。今回は先を急ぎますので次回の宿題とさせていただきます。

白石島、真鍋島(映画「獄門島」、寅さんシリーズのロケ地)等笠岡諸島への最寄駅でもあります。

 写真が切れてますが、キムラヤのパンの黄色い看板を見ると岡山県に来たなという実感がわきます。

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いま、会いにゆきます

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岡山県笠岡市の干拓地(ふれあい空港あたり)に広がるひまわり畑です。

100万本あるそうです。これだけ広大なのははじめて見ました。

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個人的にひまわりというのは、人間を連想させるものがあります。みんな東の方向を向いている様や、風が吹いてひまわりが揺れると歌を唄っているようです。背の高さも近いものがありますし。

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畑の一角に通路があり畑の中に入ることができます。

そこで若い女性の2人組が私の気持ちを代弁してくれました。「映画「いま会いにゆきます」を思い出すね」

そうです、映画のラストで主人公の二人が結ばれるシーンです。山梨県でロケされたそうですが、もっと高いところから展望できる場所があればなおよかったと思います。

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映画の世界にどっぷりひたりつつ、次の目的地へと向かいます。

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比治山歩き-5 ムーアの広場

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比治山歩き-4スカイウォーク

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比治山スカイウォークは広島サティからスタートです。

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比治山歩き-3

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写真右のPARCOの看板あたりが八丁堀周辺、円で囲んだ基町クレドが紙屋町周辺となります。あれからもう63年

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比治山歩きー放射線影響研究所-2

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このかまぼこみたいな建物は比治山にある放射線影響研究所です。戦後間もないころアメリカの主導のもと建設されました。

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ヴォールト屋根といわれる、戦後、建築資材の不足の折にアメリカの兵舎でよく見られたものを転用したものです。

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今となっては、当時の建築がこれだけの現状で残っているのは珍しいとのことです。

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比治山歩きー放射線影響研究所

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中三田駅途中下車-2

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マッチ箱のような小さな駅舎です。

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かつての駅員さんの宿舎でしょうか

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ホームから望む目にも鮮やかな瓦の赤

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駅前にあるJAの建物、屋根の上の換気口が印象的です。

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中三田駅途中下車

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狩留家駅途中下車-4

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和洋折衷の保育園

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すれ違った地元の方は見知らぬ私に「こんにちわ」と気軽に声をかけてくださいました。古きよき日本の姿を見るようでした。

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このつり橋でも老夫婦に挨拶されました。

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今日までそして明日から

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8月2日、広島修道大学で、吉田拓郎さんの歌碑が自身立会いのもと序幕されました。

吉田さんは同校の前身「広島商科大学」のご出身で広島フォーク村に参加され、当時アングラ的なイメージだったフォークソングを世間に認知させる行動を広島からスタートされました。

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高校時代に友人の影響で、拓郎さんの歌に触れることとなりました。私自身は拓郎さんの世代ではございませんが、最近の歌にはあまりない、メッセージ性の強い歌詞やサウンドに惹かれていきました。

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歌碑には拓郎さんの初期の代表曲「今日までそして明日から」の全歌詞が刻まれています。一度聞くと耳に残るシンプルながらも強いメロディーはいつまでも歌い継がれてほしいと思います。

 アストラムライン 「広域公園前」駅下車 山陽自動車道五日市IC降りてすぐ

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狩留家駅途中下車-3

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駅舎は地域のコニュニティーの場として利用されてます。

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駅周辺はかつての旧道です。立派な屋根瓦の民家が目立ちます。洋館風の建物です。かつてはどんな商売をされていたのでしょうか。

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田園風景の中を快走します。

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芸備線は下深川駅あたりから三篠(みささ)川に沿って走ります。自然にあふれてます。

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狩留家駅途中下車-2

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駅構内はひっそりとしたたたずまいです。

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狩留家駅途中下車

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なつかしい、ディスカバージャパンのスタンプ台です。最近はこういったスタンプ台は時代の流れとともに失われつつありますね。カートリッジ式になってますね。私の世代では「わたしの旅」のスタンプですね。今もスタンプ帳は大事に保存してます。機会があれば紹介します。

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