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小さな連絡船

離島へのアクセスは連絡船がつきものです。今回お邪魔しました犬島の船は今まで乗ったものでは最も小さな船でした。本数も少ないで、お出かけの際は必ず犬島アートプロジェクトのHP等などで必ず時間を事前に確認してください。また車での渡航もできません。

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犬島へようこそ

犬島へようこそ

ところで犬島(いぬしま)ってどこにあるの?即座に答えられた方はかなりの岡山通、近代化産業遺産通、廃墟通と思われます。かくいう私も去年知りました。

正解は岡山県岡山市東区にございます。

 瀬戸内海の離島を一躍メジャーにしたものは一体なんだったのでしょうか?幾つかキーワードがございます。

 キーワード-1  廃墟

 最近書店に行くと廃墟をテーマにし写真集をよく見かけます。大型書店に行くとそれのコーナーが設けられたりしてます。
 この廃墟というのも大きく2つに分かれます。
 ひとつは廃墟をある意味オブジェ、芸術ととらえているもの
 もう一つはある意味、好奇心をあおるもの、探検気分、心霊スポット、落書きが乱立し、子供のころの秘密基地を想像されるものです。
犬島は廃墟ファンの間では以前から知られた存在だったようです。ただ交通アクセスの悪さから取り上げる方も少なかったようです。

 キーワード-2 アートプロジェクト

 犬島をメジャーにした要因のひとつです。2008年に廃墟を有効活用して展示施設としたことがその要因です。歴史的遺産をどうやって保存するかその一つの答えが見えてきます。

 キーワード-3 瀬戸内海
 
 瀬戸内海の離島をモデルにした映画やドラマ、古いところでは「二十四の瞳」「瀬戸内少年野球団」「獄門島」
「男はつらいよ」「機関車先生」etc
 最近はあちこちに橋が開通して、島独特のひなびた雰囲気は薄れていき、一部の島を除いて極度の過疎化が社会問題になってます。同島もロケ地となりました。

 私を犬島へと導いたのはキーワード2が大きかったですね。事前に情報収集のために、書店のるるぶ等のガイドブックやネット上のHPやブログを参考にさせていただきました。しかしどれも私を満足させるものは見当たりませんでした(えらそうにゴメンなさい)。
 それならば自分の目で確認し、犬島を少しでも多くの方にご紹介する機会を設けないという思いというか使命(ちょっと大袈裟)にかられましたこれから犬島に足を運ばれる方々の道標の一助になれば幸いです。

 犬島は岡山県東部の瀬戸内海に浮かぶ離島です。犬島の大きな歴史の転機となったのは1909年に銅の精錬所が開設されたことにはじまります。それまで岡山県倉敷市帯江(おかやまけんくらしきしおびえ)にあった銅鉱山の精錬所が移転してきました。当時岡山県は日本有数の銅の産出県でした。
 
 銅の精錬には、公害がつきものなの(足尾鉱毒事件はご存知かと)で大抵は山深いところにあるのですが、帯江鉱山は倉敷市郊外にあったため周辺住民に多大の被害がでていたそうです。

 犬島は周囲3kmほどの小島ですが、最盛期は3000人ほどいたそうです。

犬島の沖に浮かぶ犬の島の島影が犬に似ているのが島名の由来です。

さて、犬島へのアクセスですが、直島(なおしま)からの便もございますが、定期便は岡山市の宝伝(ほうでん)港からです。

 岡山市東区宝伝(おかやましひがしくほうでん)

宝伝港は瀬戸内海にありがちな海沿い以外は山に囲まれたわずかな平地に開けた小さな港町です。犬島への旅はこのちいさな港からの旅立ちとなります。

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真庭の旅-13 床の間 そして次章へ

床の間がありますが、何の教室だったのでしょう。

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真庭の地名 

 小童谷(ひじや)

私の拙い国語力では理解不能の難読地名です。

 さて大変好評?でした美作、真庭の旅はしばらくお休みをいただいて、xxxの旅に行きます。

予告編です。この写真でどこかがわかった方はかなりの岡山通でしょう。

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真庭の旅-12 廊下の向こうには

廊下の向こう側にはなにがあるのだろう。
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真庭の地名
 上呰部(かみあぜえ)
 
 呰(あざ)ける、部をえという読み方は非常にめずらしい、難読地名です。

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真庭の旅-12 黒板

Img_0054 黒板は白墨(チョーク)が良く見えるようにというこですが、最近は緑色が多く、私もホントの黒板はみたことがありません。

真庭の地名

 鉄山(かねやま)

 

鉄にはくろがね、かね、かなという読みがございます。

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真庭の旅-11 掲示版

私が旧遷喬尋常小学校のことを知ったのは映画「ALWAYS 三丁目の夕日を観てからです。ロケ地に使用されたのが同地です。
その時のものと思われる「夕日小学校」のものがそのまま保存されています。
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 真庭の地名

 大庭(おおば)

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真庭の旅-10 寒暖計

歴史を感じさせる寒暖計です。10℃から30℃までが健康に適した温度。45℃が御風呂の適温。10℃以下でだるまストーブが必要。20℃以上で教室の窓を全開等等色々なことが書かれている。

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真庭の地名
 禾津(いなつ)
 禾は稲に同じ のぎ かという読み方有り

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真庭の旅-9 木造の机の風合い

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真庭市の地名

 都喜足(つぎたる) 足温泉(たる)がございます。

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真庭の旅-8 講堂の天井

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真庭市の地名

 蒜山(ひるぜん)

蒜は野蒜(のびる)や大蒜(にんにく)等葉に強いにおいのあるもの。

山はせんという読み方は少ないが、大山(だいせん)や中山道(なかせんどう)等にみられます。

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真庭の旅-7 講堂

真庭の地名

小童谷(ひじや)

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真庭の旅-6 校内放送

真庭市の地名

鍋屋(なべや)

鍋屋とは、鍋や釜等の主に日常生活に使用された鑄物(いもの)製品を生産、販売する商人のこと。

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真庭の旅-5 天井

真庭の地名

只(ただ)

町(まち)

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真庭の旅-4

岡山県真庭市(おかやまけんまにわし)の難読地名を調べてみました。

 芝(こうげ)

 桑林(くわぶろ)

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真庭の旅-3

1907年といえば日露戦争から2年後、現在新聞等でよくみかける韓国併合は3年後です。日本が列強に仲間入りをしようともがいている時期でもあります。教育の重要性を現代以上に感じていたのかもしれません

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真庭の旅-2 

尋常小学校(じんじょうしょうがっこう)といっても戦後世代の方にはピンとこないかもしれません。

尋常小学校というのは今でいうところの義務教育課程といえるでしょうか。遷喬尋常小学校が開校した1907年(明治40年)に義務教育が6年になりました。この頃の就学率は90%近くございました。

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真庭の旅-1

タイトルの美作の旅の最後の一文字を並べると

旧遷喬尋常小学校(きゅうせんきょうじんじょうしょうがっこう)になります。

 旧をわざわざ付けるのは遷喬小学校が現役であるからなんです。遷喬(せんきょう)はパソコンの変換では出でこないので私は、遷都(せんと)と喬(たかし)から変換しました。喬といえば、黒沢明監督作品の常連、志村喬(しむらたかし)が思い浮かばれますね。IMEパッドも良いけれど自身の漢字知識を駆使するのも、脳の活性化には良いでしょう。

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