広島市立大学 モニュメント

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板を折り曲げた奇妙な椅子と机のモニュメント。目の前に芝生が広がってますのでお弁当を食べるのにいいかもしれません。

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平和の鐘です。

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楕円形の柱です。

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泉のモニュメントです。

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大塚学びの丘公園

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広島市立大学に隣接します「大塚学びの丘公園」です。大学の休講日だったので人影がありませんでした。

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広島工学院大学校です。

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公園からの眺め

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サンフレッチェのホームグラウンド「広島ビックアーチ」

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広島アジア大会の選手村の跡地利用のAシティー

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大学周辺は田畑が残る発展途上の中にあります。

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キャンパス探訪 広島市立大学

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安佐南区大塚にある広島市立大学は創立は1994年と比較的新しい大学です。

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現在、国際、芸術、情報科学の3学部がございます。

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芸術学部棟

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 国際学部棟

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情報科学部棟

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学生会館

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図書館

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今日は休みなので学生さんの姿は見られません。張り詰めた静寂のなかで聞こえてくるのは北風の乾いた音のみです。

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講堂とシンボルマーク

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キャンパス探訪 広島県立大学

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宇品にございます広島県立大学広島キャンパスです。同大学には他に庄原市と三原市にキャンパスがございます。

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現在、人間文化と情報経営と2学部がございます。

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本学の歴史は大正9年創立の高等女学校専攻科に端を発します。

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題名不明のモニュメントです。

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ワッフルを思わせるこの建物は図書館です。

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梅のつぼみはまだ固く春まだ遠からじといった感じです。

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蔵屋敷風?

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この蔵屋敷風の建物は一体?

近くに行ってみると小学校の施設(兵庫県たつの市半田小学校のプール)でした。公式HPによると平成16年の竣工と、まだ歴史は浅いです。

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いたるところから凝った造りになってます。でもどうして小学校のプールを歴史的建造物風に作ったのでしょうか。その秘密は、、、この町の歴史にあります。それは江戸時代にまでさかのぼります。続きは後日。

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はつかいち図書館

私の居住する区にも図書館はあるのですが、駐車スペースが狭く、主に利用する土日はいつも満車でとても利用しにくく、蔵書も少ないのでいつも隣接する廿日市市の図書館を利用してます。ここは駐車場も広く、地方都市の図書館としては蔵書も豊富です。

 駐車場から図書館までの道すがら色んなモニュメントに遭遇します。これを見学するのも楽しみのひとつです。今回はその一部をご紹介します。

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「海辺」 廿日市市は大野瀬戸とよばれる海峡をはさんで宮島と対峙してます。また地御前や大野といった牡蠣養殖の一大産地もございます。

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「和合」 お父さんがなぜか帽子をかぶってます。市内には広島カープの寮もありますのでカープの帽子なんでしょうね。

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「深山」 宮島には手付かずの自然が残る弥山(みせん)原始林、吉和にはもみの木森林公園、木材港にはたくさんの巨木が海に浮かぶ光景が見られます。廿日市市は林業や家具などの木工品の生産もさかんで、けん玉の発祥地です。

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「豊穣」 昨今、食の安全の信頼が崩壊しつつあります。農業、漁業、畜産どれをとっても自然と、バイオを中心とした科学の英知の共存を今一度考える時期かと思います。

 「食育」はこのブログでもとりあげていきたいと思います。

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「楽楽」。極楽寺を中心とした美しい山並みです。広島県北部を中心に出雲地方の影響でしょうか、神楽がさかんです。

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適塾

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書物を片手になにかしら威厳すら感じるこのご老人は、大阪のこの地に適塾という私塾を開いた緒方洪庵さんです。

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適塾(適々斎塾)は1845年に開設され、洪庵さんは幕府の奥医師兼西洋医学所頭取になる1862年まで教鞭をとりました。その後明治維新まで続き、大阪医学校(現 大阪大学)の開校と共にその歴史的使命を終えました。医学はもちろん蘭学を中心に教鞭をとり、塾生は身分を問わず広く門戸を開き、成績ごとにランク分けし、のべ1000人近くが学んだとされます。門下生には福沢諭吉さんや、大村益次郎さん等明治に活躍する人材を多く輩出しました。

 江戸時代の蘭学塾で日本で唯一現存するもので、国の重要文化財に指定されてます。

 洪庵さんの号が適々斎ということが適塾の名前の由来です。

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塾の周辺は公園として整備され、オフィス街のちょっとした憩いの場になってます。

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適塾にある銅像(正面から)

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岡山市足守にある銅像です

教鞭をふるっておられる姿でしょうか。岡山市足守の生誕地にございます銅像と比較してこちらの方が温和な顔をされているように感じます。記録によると洪庵さんは非常に温厚な方で、怒りをあらわにされることはほとんどなかったそうです。当時医者としては名誉職と考えられる幕府からの奥医師(将軍等の診察をする)の申し入れをずっと固辞されてきました。地位や名誉とは無縁の方だったと思われます。

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緒方洪庵さんの功績の一つに種痘の先駆者であることがあります。今では当たり前の予防接種も江戸時代はまだ未知のものでした。天然痘の予防接種がここで行われました。(除痘館)牛からワクチンを取ったので当時は、注射をしたら牛になるという現在では考えられないような噂もたちました。しかしこの地から日本の予防医学はスタートしました

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土の中の水道管

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 相田さん独特の書体ではありませんが、物の本質を見抜くことの大事さ、そしてそれがいかに困難であるかを、平易な文体で、身近なもので私たちに問いかけます。

 書家であり詩人でもある 相田みつをさんは大正13年に栃木県足利市に生まれました。相田さんが広く知られるようになったのは「にんげんだもの」がベストセラーになったことです。

にんげんだもの 逢

  

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市女の門柱

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この地には広島市高等女学校がありました。被爆にも耐えた門柱が私達に無言のメッセージを送ります。被爆時には先生、生徒さん670名の尊い命が奪われました。(広島市内の文教施設では最も多くの犠牲者の数でした)。現在平和公園内に慰霊碑がございます。

その多くが現在の平和大通り近くで行われていた建物疎開(空襲時の火災延焼を防ぐため一時的に家屋を移動させる作業)に従事していた方々です。

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爆風に耐えた被爆塀です。強力な台風の約10倍近くの爆風の前ではなすすべが無かったと考えられます。

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現在は広島県立舟入高校となってます(現在は共学)。市内有数の進学校として、校舎内冷暖房完備等の最新の設備の高校です。

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校歌にも歌われているアカシヤホール(講堂)。校門にはアカシヤのモチーフが。

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緒方洪庵

緒方洪庵さんは江戸時代後期に、岡山の小藩 足守藩の武士の3男として生まれました。先見の目があったのか、医学を学ぶために大坂へと旅たちます。後に同地で私費で適塾 を開きます。現在も大阪のオフィス街に佇んでます。機会があればぜひ訪問したいです。

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緒方洪庵さんの教え子には、福沢諭吉さん等江戸後期から明治にかけて活躍された方が多くおられます。

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当時の授業風景は想像するしかありません。適塾は身分を問わず入塾できましたが、成績によって等級分けするなど、とにかくやる気が大事という気風が感じられます。

 

適塾は明治以降大阪医学校をへて大阪大学医学部に引き継がれています。

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